浴衣を寝間着にする楽しみ

shinoです。

夏の夜は窓を開けて、エアコンを付けずに眠ります。
虫の声が聞こえてきて、窓の外の夜空を想像するのも楽しい。

さらに去年からはまっているのが浴衣で眠ること。
汗を吸って快適なうえ、空気をはらんで涼しく、優雅な気持ちになれてとてもよいのです。
旅館の浴衣はたいてい翌朝めっちゃ乱れるのですが、
普通の浴衣はおはしょりがあるのでそこまで乱れません。
さっと直せばOK。朝食くらいは作れます。

着るのはセールで買ったうすい浴衣です。
何度か着て生地もやわらかになってきてるのを
お風呂上りに素肌にまとい、こしひもをさっとしめて
伊達締め代わりに兵児帯をちょうちょむすびにして、おしまい。
寝る時は結び目をまえにもってくるか、とってしまいます。

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(青い兵児帯は中古で数百円でした。長すぎるので適当に切ります)

たもとや胸元に内輪で風を送るのもたのしい。
裾から扇ぎつつ、びっしり露のついた切子のグラスで冷たい麦茶を飲むのもたのしい。

本当にいい浴衣は生地が厚くしっかりして体の線を拾いすぎず、
大人にとてもよく似合うのですが
寝間着なら安物がおすすめです。
古着やさんで、去年の新品を見つけたりしたら最高。
ぜひ試してみてください。
型崩れを気にすることもないので、洗濯は普通の衣類とおんなじです。



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平安時代へ「むかし・あけぼの 小説枕草子」

shinoです。

書棚を整理していて、ずっと手を付けずにいた本を読み始めたらこれが面白くて!
今読んでよかった!と思えて仕方ない本です。

「むかし・あけぼの 小説 枕草子」田辺聖子

古典の「枕草子」を題材にした小説。
才能あって好奇心旺盛、プライドが高く人見知りで、
えらい方たちの前では急にもじもじしてしまう、清少納言。
少女の理想が肉体をまとって現れたような中宮定子。
単純でちっとも面白くなく(と清少納言には思われる)人がよい男の見本のような元夫、則光。
魅力的な人間たちがつぎつぎと現れて、平安時代の描写も美しく
どっぷりとタイムスリップできます。

しかし田辺さんは、つくづく清少納言になるのがうまい。
古典から読み取った彼女を、3Dプリンタのごとく生み出し
イタコのように口を貸し、手を貸して
文章の上に降ろしてくれる。

女の生きる喜び。悲しみ、なにに興味を惹かれるか。
その神髄のところは、男には到底理解できないのではないかと思ってしまう。
それほど清少納言のセンスはとがっていて、
細やかで、自分自身でさえ説明のつかない部分がある。
だけど激しく求めるものが確固としてある。

男兄弟のように深い縁でむすばれた夫の則光は打てば響く、というタイプではなく、
まったく響かない。
なにが面白いの?という顔をして、女はこうあるべき、というルールを信じて疑わない男。
だけど、ふいに強く、この人でなくてはだめだ!と思わせる魅力を放つのが面白い。
夫婦の面白いところです。
反対していた宮仕えをある朝急に許したり、
分からないけれど興味を持つ、という姿勢がまったくぶれないところだったり、
権謀術数うずまく宮中の汚濁にすっかり慣れているようでいて、
心の底では不遇の宮に同情心をずっと持ち続けているところ。
生き物としての根本的な優しさ。
こうべを垂れたくなる素直さ。

とても長い本で、まだまだ先がたっぷりあるのですが
読み始めてもう語りたくなってしまいました。

文庫本も出ています。
みやびやかで美しく、ときにはオトナの男女の交流もあり、
異次元に連れて行ってくれる本。
田辺さんの文体はとても読みやすい。
これは通勤電車のおともにもいいだろうな♡





認知症が(あまり)こわくなくなった、というお話

shinoです。

認知症というものが怖いです。
どうしてそうなるのか?わからなくてこわいし、
自分の両親がそうなってしまったらと想像するのもこわい。
苦労している人の助けになれないのもつらい。
どこか遠くへ行ってしまったり。

でも、今はあまり怖くなくなりました。

先日迷子のおじいさんを救助したからです。

朝友人と車で出かける途中、見かけたおじいさん。
道の端でひざをかかえて、動かない姿勢。部屋着のような服。
そして裸足。
「ああこれはもう絶対アカンやつや!」とブレーキ。

友人と、なるべくおどかさないようにそっと声をかけ、
近所の方にも協力していただいて、保護しました。
警察に連絡したら家族から届けが出ていて、
小一時間あとにはパトカーがやってきて、無事帰っていかれました。
分からなくなってしまってる部分はあれど、
インテリジェンスを感じる、柔らかい雰囲気のおじいさんで、
最後は近所の方とお子さんとみんなで手を振って見送りました。
誰かの乗ったパトカーをこんな笑顔で見送ることって、
普通は絶対ないなと思ったらおかしかった。

なんていうのかな。

けっこう、みんなポンコツで生きているんですよね。
大人になってみてだいぶわかって来たのですが。
心技体ともに絶好調!という人はあまり多くなくて、
疲れや痛みを、心や体に隠し持っている人のほうが多いのかもしれない、と思うのです。
一見、美しい人も元気な人も、押し出しのいい人もお金を持った人も。

父が治療中なのもあると思います。
認知症の家族がいるのも大きい。
近所に年配の方が多い事も一因です。
元気な家族も、毎日頑張って奮闘して、疲労をかかえていて。
私もときどき腰が痛かったりしますしねえ。

それでわかったんですが。

みんなどこかしら「ポンコツ」で生きている社会で、
私は、どこかの誰かの家族を助けることができた。
周りのみんなと協力して、普通のことをしただけで、何も大変じゃなかった。

だから、もしいつか私の家族が迷子になっても、きっと誰かが助けてくれる。
みんな少しずつポンコツの社会で、出来る「当たり前」を使ってフォローしあって生きてる。

そんなことを信じられる気分になって。
そしたら怖くなくなりました。

あの日、ほぼ初対面の近所の人も子供たちもおまわりさんも
みんなすごくあたたかかった。
友人は自分のペットボトルを渡して飲ませてあげていた。
迷惑そうな顔一つせず、親切で、当たり前のこととして動いてた。

ニュースには載らないだけで、やっぱりそんな人が世間には多いと思う。
私はそうありたいし、そういう世界にしたい。
私が世界の人の心を刷新する、とかいう大それた意味じゃなくて、
ただ自分が「そういう世界だと感じる心」でありたい。

だって、そういう心構えじゃないと、そういう人たちに失礼だから。
そういう心でいたら、そういう人達にいつ出会っても
「当たり前」を共有できるから。

思えば電車内で、街角で、
そういう人達にたくさん出会ってきたなあ。

あのとき、車を止めるといった時に
友人に「ほっときなよ」って言われなかったこと。
「当たり前」だけど、本当にうれしかったです。
瞬発力はあるわりに、ささいなことで私はすぐストップする。

そのあと友人と神社に行ってご祈祷を受けて、
お昼にギョーザを山ほど食べて帰って爆昼寝しました。
後で話してわかったことですが、ご祈祷の間、
二人ともついおじいさんの幸せを祈っちゃっていた。
笑いました。

「情けは人の為ならず」。

誰かの助けになることをすると、巡り巡って
自分のところへ良いことが返ってくるから、
他人を助けることは自分のためにもなるのだ、と昔の人は言いましたが、
この日の私には、
巡り巡らず一瞬で帰ってきたように思われました。



「1円イコール1万円」説

shinoです。

ちょっと前に発見した持論を展開していいですか?

「1円イコール1万円説」です。

当時、お金というものがどうしてかいつも財布から消える私は、
お金についていろんな人のブログを読んだり
本を立ち読みしたりしておりました。

お金についていろんな見方があるんだなー!
とか、
お金持ちのお金の使い方ってすげえな!
とか、
目から鱗が落ちるような、楽しいお勉強です。

また、リアルの友人たちの価値あるお買い物術を見させてもらって
心底ふるえたり。
(金額にではなく、そのかっこよさにです)

そうしていくと、だんだんお金を大切にしよう、
大切にするって、大切に使うってことだな
感じるようになりました。
こころをこめて、いいと思ったもの、価値あると感じたものに使う。

そしてちょっとお高めの物であっても、買えるようになってきたころ。

ふと気づきました。

今私が手にしているこの1万円。
これで仮に、1円の買い物をしたら、残りは9999円。
昔の私なら、「やった!いっぱい残ってる!チロルチョコ買お!!」と
とりあえずチョコをわしづかみにしてレジに走り、
ひとときの富豪感覚を味わっておりましたが、
今の私はそうではない。
チロルチョコは食べたいときに食べるのが一番おいしいし
第一もうそんなに食べられない。

今の私にとって大切なのは、1万円のものと交換できる券が、
たった1円欠けただけで、そうではなくなってしまうという事実です。

1万円のインポート下着を片手に恐る恐る9999円を出したとて、
ランジェリー売り場のお姉さんは首を縦に振ってはくれない。
チロルチョコを添えても振ってくれない。

絶対に、振ってくれないんだッ…!!

そんなことを妄想してみたら、1円てすごいいい奴じゃないですか。
もう、すっごい重要。
1円を失うことで、1万円は1万円でなくなる。
1万円を左右する存在、それが1円!
1円の価値プライスレス!

そしたら1円も5円も10円も1万円も、
今まで以上に気持ちよく大切に、
価値あるものと交換しようと思えるようになりました。

あとこれは後日談ですが。
1円は増えることもあります。

酔ってゴキゲンで帰って来た夫が
「かわいいね~1円あげようね~」と言ってきたので
「ぃやったああああああ!!!」
と手を天高くあげ、しゃがみ込みからの垂直ジャンプをしたら、
「ふ、不憫…!」とさらに500円足してくれました。

1円を愛する心の勝利です。

泣ける漫画

shinoです。

今回は漫画を紹介します。

「ハッピー!」波間信子

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(サイトより画像をお借りしました)

盲導犬の漫画です。
超ロングセラーで、33巻をこえて1部完結、以後は2部の「ハッピー!ハッピー♪」が今も続いています。

失明という大きな悲しみをスタートに、
主人公の女性・香織がどんどん人として成長し、結婚し、家族を持ち
大きく豊かな幸せな女性として生きてゆく姿と、その周辺の人たちの人生ドラマを描いています。

一話完結なのでどこからでも読めるのですが、
本当に1話の底力がすごい。

セリフが研ぎ澄まされていて、本当に会話しているようなリズム感で
上っ面にならず、かつ、ものすごい真実をぶっこんできます。

久しぶりに読み返して震えました。

出てくる人たちは毎回、何かしらで泣いています。
父も、母も、主人公も、親友も…
色んな理由で泣きます。
でもそれは悲しみや不安よりも、
誰かが誰かを思う心に泣いたり、幸せへ踏み出そうとするときに泣いたり。
主人公の幸せを願って誰かが泣いたり、その逆があったり。
思いがけない喜びに泣いたり。

ほんとうに、さまざまな涙。
テーマがテーマなだけに、絶望も悲しみも、とても穏やかに描かれます。
「もう、わかるでしょう?」とやさしく。

そして、誰かのこころの緊張がとけたり
人のまごころにふれたり
こどもの純粋な言動が大人を解放したり
そんな瞬間に彼らはびしょびしょに泣きます。

涙の中にほんとうがあり、喪失の中から幸福が芽を出す。
とてもとても傷ついてもう何もしたくないと
閉じこもった心に、いつか歩き出すときがくる。
なぜなのか、わからないけれど、それができる時が来る。
そして、めくるめく幸福と落胆と不安と恐怖と歓喜に包まれて、結果、
失うことで、とても多くを得る。

人間の、深い真実が描かれているなあと思います。
そして犬という生き物のすばらしさ、尊敬すべき「信頼」という性質も。

大学生の頃に出会ったのですが、今のほうがなお染みる。

ぜひセリフを味わうように読んでみてください。
読んだ後、心がスッキリします。

「自由と責任」、その甘美な組み合わせ。

shinoです。

このところは、いろいろ思うことを書いております。

えっアクセサリー作家!?


そうそれ俺!!
(いましめ)

さて。

結婚してからとする前のことをよく思い浮かべます。
独身時代は気楽なアルバイターで歯車サイコ―なんて
思いつつ楽しく働かせていただいていました。仕事内容にも職場の皆様に恵まれていたんですね。

今は好き嫌いナシの肉体労働で自由になるお金も5分の1くらいになりました。

でもあのころより健康、心身がいい感じで幸せです。

自由が失われるのが一番いやだったんですが(そこには自由になるお金も含まれる)
今の私が持つ自由は質が高い。

日々のご飯作りや洗濯や掃除や仕事。

責任を果たした後の自由ハンパない!

胸のうちからウワ―っと満たされる感じ!

空の美しさも
風の心地よさも
緑の色もみんな
100%!って感じで肌からしみこんできます。


うなるほど時間があった独身時代は、
フリーな時間=孤独でもありました。

誰からもお誘いがこない…
つまんない…
駅ビルでものぞくか→1、2時間経過
→足を棒のようにして電車で実家へ帰る(何も買わないしお茶も飲まない)(なのに飲み会でお金が残らない)

今思うと、その時に目から得た色々もあったし
かわいい若者だな~と思いますが、
その時はやっぱり、さみしかった。

自由だったのに幸せじゃなかった。

幸せというとちょっと違うかな。甘美じゃなかった。

今日も私はビニールハウスで大汗を流してくるのですが、
私を縛るものに見える「責任」というものが、
いかに「自由」を輝かせてくれるか。
いかに、「自由」から、「ものたりない…」とか「誰も私を楽しませてくれない…」なんていう
不純物をとりはらってくれるものであるか。

これは目の覚めるような大発見です。

「責任を果たし自由の甘美さを味わう」こと。
責任を果たし、自分に満足する。自分を好きになると、自由は本当に甘美に輝く。
真実の姿を見せてくれる。
縛るように見える責任が、私の自由を支えてくれる。

まだまだ追求している途中ですが、そういうことに、日々気づいておる次第です。
まあ今も仕事をさぼってこのブログ記事を書いているわけなんですけどね。

だからあれだつまり。
人生はいい。
結婚はいいですよ。多分育児もよかろう。

行ってきました

shinoです。

実家から戻りました。
心配していた父の様子は思ったよりもよく、家族が集合して
ホームパーティーをしたりもできて、安心しました。

そして父とゆっくり話しました。
子供時代のことを聞いて、父ゆずりの部分を確信したり。
クレイジーすぎる愉快な仲間の話を聞いたり。

絶対に変えられないものがこの世にはいくつかあって、
そのひとつが時の歩みです。

母に買い物を頼まれて、
小学校のころ、中学生のころをいくつも思い返しながら
自転車で昔なじみの道を走りました。

新しくなったところもあるけれど、
驚くほど昔のままのところもある。

あんまり、満足してなかったなあ。
あのころ。

色んな事を思い返しながらも不思議なほど幸せを感じる自分がいました。

今回の帰省でうれしかったことのひとつです。

もうひとつは、持って行った写真集が好評だったこと。
「Advanced style 2

ニューヨークをはじめとする、世界中の60歳以上のおしゃれな普通の人達の写真集です。
とびきり個性的で色あざやかで、自分を生きている、普通の美しい人たち。

とりわけ、もっとも見せたかった保守的な母の反応がよかった。

興味を示してくれただけでなく、
翌日も「考え方に、感銘をうけたわ…」とつぶやき、
帰宅して「今日は同級生にあの本の話をして、偶然会った知り合いにも話して、
着ていた服がとてもおしゃれだとほめてきたわ!」と
イキイキした顔で話してくれました。

なんだかもう、感無量でした。

advancedには、先を行く、とか、進化した、という意味があります。
年を重ねるということは、肉体が老化するというだけではなく、
より深く、より賢く、より美しく生きる人へ進化するということである。

本のメッセージをそう伝えたら、ハッとした顔で「…だから、面白いのよね!」と。

こんなふうに、明るい顔で言う人じゃなかった。
この下地を作ったのは紛れもなく、父です。

たくさん学ぶことの多かった帰省でした。
体は疲れましたが行ってよかった。
自由になる母を見て、偉大な父を見て、
思い出にふれて。
私もまた一つ、自由になれた気がします。
進化、がんばらねば!母という好敵手ができたから!

父の面白さについては、また別な機会にお話ししたいと思います。
これまたとても長くなりますので!

応援してくれた天使のみなさま、ありがとうございました♡

その日の天使に

shinoです。

昔中島らもさんの本で、こんな話を読みました。

「その日の天使」。

細かくは覚えていないのですが、骨子はこうです。
どんな人にもその人だけの天使がいて
一日の中で一度だけ、その人の前に現れる。
でも天使はいつも姿を変えるので、気づけない。
親切なコンビニの店員、電車で会ったおばあちゃん、
郵便局のおじさん。
その人が、ふと心和む瞬間、そこにはその日の天使がいる。
たとえどんな一日であっても、必ず天使は来ている。

好きな話です。


今日久しぶりに母と電話したら、最近、父の具合があまり良くないと知りました。
それで、母の休みと予定をあわせて実家に帰ることにしました。

心にぽつんと雨粒がおちたような出来事。

沈んだ気持ちでいたら、
なつかしい子から偶然メールが届きました。

昔、私が送ったなんでもないメールへの率直で暖かい、感謝のことば。
元気そうな近況。

小魚がピチピチ手のひらではねるような相変わらずのイキのよさと、
一段とまた、深くかしこい女性に成長している印象を受けました。

とても大切なものを読みながら、
うれしくて。

それからPCのメールBOXを開くと、さらに偶然、複数の方から同時に便りが来ていました。
それぞれに別な用件で、でも共通しているのは
ほんのりと暖かくて、大人の、心ある手ざわり。

ああ、こんなふうに重なることって、あるんだなあ。

今日の天使は団体でした。

みなさん、ありがとうございます。
おかげさまでほほえんでおります。
どうぞ、天使のみなさまにもよいことがありますように。

そしてRちゃん、また飲もうね!
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プロフィール

Author:erisino57
shinoです。農業しながらアクセサリーを作っています。不定期ですがフルオーダーメイドも。

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