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生きるって?

shinoです。

近年私の心を占めているホットワードに「生きる。死なない」があります。
(あたりまえか)

友人に父。
病で、いささか早すぎる退場をしたひとたちを見ていて
「私は生ききらねば。申し訳がたたん。」
そう思ってきました。
だけど、力こぶがいつか筋肉疲労になってしまうみたいに
ちょっと最近力はいりすぎてた。

去年は謎の不調に見舞われることが多くて、
歯の治療も終わんないし
冬は寒いしで
今まで平気だった生モノに当たったり
なんだか、なんとなく、下がり気味。
免疫力下がってるわあ~と実感する30代の終わりでした。

うう、年の瀬。(ちがう)

まあそんな中でも地道に漢方医に通ってみたり
身体が欲するままに歩き回ったり走ってみたりして
ゆっくりとアガルのを実感。
それは悪くない経験でした。

でもやっぱり、
暗い淵が心に常にある。
毎晩確かめに行っては淵のほとりで考えている。

(あーこれたぶんだめなヤツ)と、思いながらも。

ただがむしゃらに、ああなってはいけない。と
父や友人の姿を心に焼き付けて、「活かす。無駄にすまい」と
思ってきたけれど、
ある朝、夢の中で聞こえたのは「責難は成事にあらず」という言葉でした。
小説のラストに出てくる言葉です。

誰かが過ちを犯したとする。
その過ちをとがめ、その反対のことさえしていればよいというものではない。
そこに自分のビジョンがなければ、真実に事を成したとは言えない。

ああ。そうか。と思いました。
私は知らずに行き詰っていたようです。
生ききる。
生きねば。
死んではいけない。
でも、じゃあ、生きるって?
生きるってなんだ?

仮に完全に安全な密室で60年を過ごし天寿を迎えて、
それで、「私は」生きたと言えるの?

友人も、父も、
ちょっと短かったけれど、生ききって、走り抜けて。

私の生きるは何だろう。
生きる、より良く生きるって。

わかりません。

でも、もしかしたらだけど
今、この一瞬を、濃く、最大限に幸せに感じ取る事が大切な気がする。
幸せがなければ、
辛さを
さびしさを
痛みを
疲労を
自責を
悲しみを、
最大限に。
今、できる最大限を。

喜ぶときは
全身全霊で感じて、喜ぶ。

それが、命を無駄なく使う、という感じだろうかと思います。
せっかくあるのだもの。

でも、不思議です。
そんな風に考えていると、命の長さなんてそんなに重要なことじゃないのでは、と思えてくる。
ほんとうに今を最大限に感じ取るとき、
先のことは頭から消えているものだから。

命は終わる。
続こうと
絶えようと
終わる。
どう生きてもいい。
それでも私は生ききりたいし、生ききりたいと思っていたことを忘れたい。

ああ、そういやそうだったっけな、
と思い出しながらその時を迎えたいものです。
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