ある日のこと

その日街でティッシュを渡してきた女の子は、先日駐車場で


「わたしの車に傷をつけたのはあなたですよね」と


ケイタイを握りながら無表情でつめよってきた女の子だった。

 

「さっきドアをあけたとき、ぶつけたでしょう。すぐ見たら傷がついてて。」

 

ドアは確かに、当てた。

 

隣との距離が狭くてそっと、接触させなければ出られなかったのだ。

できる限りそっと触れたつもりだった。傷をつける強さではなかった。

 

でもそんな強弱は関係ない。

私がドアを接触させた。

 

幸い、冷静に話すことができた。

 

二人で車まで行き状況を再現してみたら、

どうやっても私の車のドアでつけられる角度にない場所に、その傷はあった。

 

私のせいではなかった。

 

彼女は無表情のままだった。 

 

その表情のままで「あ、そうか…じゃ違いますね…ごめんなさい違いますね」と言った。

ほっとするよりもうこわくて、「いえいえ!じゃあもういいですよね!失礼します!」

努めてはきはきと大慌てでその場を去った。

 

最後まで無表情だった。怖かった。

 

でも、彼女を最初に脅かしたのは私なのだ。

苦い後味だった。

 

きっかけをつくったのは私だ。そんなふうに車をとめ、そんなふうに扉をあけ、そっと触れた私が悪い。

 

「私、もう二度とひとさまの車に、ドアを当てなくちゃあけられないような距離で

車をとめたりしません!」

「こっちがどんなにそっと当てたつもりでも、されたほうはこんなにも、こんなにも嫌なんですね神様!」

「私、バカでした!!!!」

 

そう学ぶことができた。

 

彼女のおかげである。

私がぼんやりしているせいで起きるこの先のあまたの駐車場トラブルは

彼女のおかげで避けることができた。よかった。あぶなかった。ありがとう恩人よ。

 

頭が割れそうな後悔の中、そう結論づけた。

 

 

でも、それから何日もたってこんな風に偶然出くわすと、やはりどきっとするものだ。

反射的にスルーして、ティッシュはもらわなかった。

彼女は気づいていないようだった。

 

しばらく進んでから手をつないでいた夫に、そっと、「今の、子」と言った。

 

すると「あのときの人でしょ」と言う。駐車場の女の子。

 

説明をしなくちゃ、と思っていたので完全に意表をつかれた。

 

「なんで、わかったの」

 

「顔がシュンとしたから。」

 

 

それだけで!

 

一気に嬉しくなった。

どんな!どんな顔してたの!そんなに?!やってみて!

 

夫は何種類かの「へこみ顔」を見せてくれた。

手をつなぎながら、もう、私はスキップしていたかもしれない。

おびえで胸がまだどきどきしていたのに、嬉しさが吹き飛ばした。

 

それから考えた。

幸せっていったい何なんだろう。

 

悲しいことがあって、思い出すのもいやなことがあって、それをきっかけに

こんな驚きとうれしさが訪れるなんて。

 

今でも思い出すと胃が痛むのに、

あの嬉しさ、安心感は、心を弾ませるのだ。

 

いい夫に出会えてよかったね、と人は言うかもしれない。

それは確かにそのとおりで、ありがたいことこの上ない。



だけど、もしこの人に出会えていなくても

幸せの訪れる形は、きっと時々こんな形をしていると思うのだ。



くやしいこと、かなしいこと、むなしいこと、何も言えなくなるようなこと。

いたいけな被害者でさえなくて、砂をかむような思い。(むしろそんなことのほうが、大人には多いのかも)

そんなことはできる限り避けたい。

だけど、それらがなかったらけして出会えない幸せが、時にあるのだ。



病室に届く花かもしれない。誰かのなぐさめかもしれない。共感。



そして痛みとうれしさがまじりあった気持ちをかみしめる。

 

幸せって、いったいなんなんだろうか。



私はその日、忘れがたい思いをした。

 

 

 

火とひと

人って炎のようなものかと思う


 


悲しみで


怒りで


さびしさで


ぬか喜びで


 


言葉にならないこまかな感情の波で


いつもゆらいでいて


はげしくゆれていて


 


昔はそれが嫌だったけど


 


ゆらぎの瞬間に


思いがけず強く誰かとつながることがある


 


悲しみで


怒りで


さびしさで


ぬか喜びで


 


ゆれている私


ゆらぐ誰か


 


強く「わかる!」と思う


愛に似たものが生まれる


 


ときに恋に


友情に


別のなにかになる


可能性のちいさなたまご


胸をつらぬく糸


おおきな喜び


 


 


それからまた、ゆらぐ


 


 


少女のころ 強い太い一本の芯を持つことにあこがれていた


揺れ動く自分がいやで


巨木のようなものにこがれていたけど


 


いまもすきだけれど


 


でも いまは


ろうそくの芯ほどでいい


 


小さな芯のまわりに大きくゆらぐほのお


 


それが胸えぐりゆらぐほどに


 


わたしには好きな人がふえる


 


 


 


 


 


 


 


 


 

プロフィール

erisino57

Author:erisino57
shinoです。農業しながらアクセサリーを作っています。不定期ですがフルオーダーメイドも。

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