夏休み☆読書感想文「無人島に生きる十六人」その①

shinoです。

みなさまお元気でお過ごしですか?
今日はこの暑いさなかにぜひ読んでいただきたい名著をご紹介します。
だいじょうぶ、元々は子供向けの本。
全然むずかしくないです。

「無人島に生きる十六人」須川邦彦

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(画像はサイトよりお借りしました)

青空文庫でも読めます。こちら

嵐で難破し、無人島に漂流した日本の乗組員たちが
力を合わせて生き抜き、日本に帰りつくまでの実話です。実話です実話!

子供時代に船長から実際に話を聞いた人が、
大人になって「少年クラブ」という雑誌に連載したものを
一冊の本にまとめてあります。
ひらがなが多くやさしい文体ですが、それがかえって内容のすばらしさを伝えてきて、
何度も涙ぐんでしまいました。
青空文庫(インターネットで無料で読めるサービス)もありますが、
なに、文庫で買っても500円くらい。
夏の夜の枕元に、電車の旅のおともに。
暑さを忘れるさわやかな心の旅ができますよ。

明治の男のさわやかな生きざま。
昔の人の知恵。
人のやさしさ。
野生の植物の不思議さ。
海のいきもののおもしろさ。
ウミガメ。
あとアザラシ。
そしてアザラシ。(かわいいのです)

次回からは内容について触れたいと思います。

浴衣を寝間着にする楽しみ

shinoです。

夏の夜は窓を開けて、エアコンを付けずに眠ります。
虫の声が聞こえてきて、窓の外の夜空を想像するのも楽しい。

さらに去年からはまっているのが浴衣で眠ること。
汗を吸って快適なうえ、空気をはらんで涼しく、優雅な気持ちになれてとてもよいのです。
旅館の浴衣はたいてい翌朝めっちゃ乱れるのですが、
普通の浴衣はおはしょりがあるのでそこまで乱れません。
さっと直せばOK。朝食くらいは作れます。

着るのはセールで買ったうすい浴衣です。
何度か着て生地もやわらかになってきてるのを
お風呂上りに素肌にまとい、こしひもをさっとしめて
伊達締め代わりに兵児帯をちょうちょむすびにして、おしまい。
寝る時は結び目をまえにもってくるか、とってしまいます。

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(青い兵児帯は中古で数百円でした。長すぎるので適当に切ります)

たもとや胸元に内輪で風を送るのもたのしい。
裾から扇ぎつつ、びっしり露のついた切子のグラスで冷たい麦茶を飲むのもたのしい。

本当にいい浴衣は生地が厚くしっかりして体の線を拾いすぎず、
大人にとてもよく似合うのですが
寝間着なら安物がおすすめです。
古着やさんで、去年の新品を見つけたりしたら最高。
ぜひ試してみてください。
型崩れを気にすることもないので、洗濯は普通の衣類とおんなじです。



平安時代へ「むかし・あけぼの 小説枕草子」

shinoです。

書棚を整理していて、ずっと手を付けずにいた本を読み始めたらこれが面白くて!
今読んでよかった!と思えて仕方ない本です。

「むかし・あけぼの 小説 枕草子」田辺聖子

古典の「枕草子」を題材にした小説。
才能あって好奇心旺盛、プライドが高く人見知りで、
えらい方たちの前では急にもじもじしてしまう、清少納言。
少女の理想が肉体をまとって現れたような中宮定子。
単純でちっとも面白くなく(と清少納言には思われる)人がよい男の見本のような元夫、則光。
魅力的な人間たちがつぎつぎと現れて、平安時代の描写も美しく
どっぷりとタイムスリップできます。

しかし田辺さんは、つくづく清少納言になるのがうまい。
古典から読み取った彼女を、3Dプリンタのごとく生み出し
イタコのように口を貸し、手を貸して
文章の上に降ろしてくれる。

女の生きる喜び。悲しみ、なにに興味を惹かれるか。
その神髄のところは、男には到底理解できないのではないかと思ってしまう。
それほど清少納言のセンスはとがっていて、
細やかで、自分自身でさえ説明のつかない部分がある。
だけど激しく求めるものが確固としてある。

男兄弟のように深い縁でむすばれた夫の則光は打てば響く、というタイプではなく、
まったく響かない。
なにが面白いの?という顔をして、女はこうあるべき、というルールを信じて疑わない男。
だけど、ふいに強く、この人でなくてはだめだ!と思わせる魅力を放つのが面白い。
夫婦の面白いところです。
反対していた宮仕えをある朝急に許したり、
分からないけれど興味を持つ、という姿勢がまったくぶれないところだったり、
権謀術数うずまく宮中の汚濁にすっかり慣れているようでいて、
心の底では不遇の宮に同情心をずっと持ち続けているところ。
生き物としての根本的な優しさ。
こうべを垂れたくなる素直さ。

とても長い本で、まだまだ先がたっぷりあるのですが
読み始めてもう語りたくなってしまいました。

文庫本も出ています。
みやびやかで美しく、ときにはオトナの男女の交流もあり、
異次元に連れて行ってくれる本。
田辺さんの文体はとても読みやすい。
これは通勤電車のおともにもいいだろうな♡





認知症が(あまり)こわくなくなった、というお話

shinoです。

認知症というものが怖いです。
どうしてそうなるのか?わからなくてこわいし、
自分の両親がそうなってしまったらと想像するのもこわい。
苦労している人の助けになれないのもつらい。
どこか遠くへ行ってしまったり。

でも、今はあまり怖くなくなりました。

先日迷子のおじいさんを救助したからです。

朝友人と車で出かける途中、見かけたおじいさん。
道の端でひざをかかえて、動かない姿勢。部屋着のような服。
そして裸足。
「ああこれはもう絶対アカンやつや!」とブレーキ。

友人と、なるべくおどかさないようにそっと声をかけ、
近所の方にも協力していただいて、保護しました。
警察に連絡したら家族から届けが出ていて、
小一時間あとにはパトカーがやってきて、無事帰っていかれました。
分からなくなってしまってる部分はあれど、
インテリジェンスを感じる、柔らかい雰囲気のおじいさんで、
最後は近所の方とお子さんとみんなで手を振って見送りました。
誰かの乗ったパトカーをこんな笑顔で見送ることって、
普通は絶対ないなと思ったらおかしかった。

なんていうのかな。

けっこう、みんなポンコツで生きているんですよね。
大人になってみてだいぶわかって来たのですが。
心技体ともに絶好調!という人はあまり多くなくて、
疲れや痛みを、心や体に隠し持っている人のほうが多いのかもしれない、と思うのです。
一見、美しい人も元気な人も、押し出しのいい人もお金を持った人も。

父が治療中なのもあると思います。
認知症の家族がいるのも大きい。
近所に年配の方が多い事も一因です。
元気な家族も、毎日頑張って奮闘して、疲労をかかえていて。
私もときどき腰が痛かったりしますしねえ。

それでわかったんですが。

みんなどこかしら「ポンコツ」で生きている社会で、
私は、どこかの誰かの家族を助けることができた。
周りのみんなと協力して、普通のことをしただけで、何も大変じゃなかった。

だから、もしいつか私の家族が迷子になっても、きっと誰かが助けてくれる。
みんな少しずつポンコツの社会で、出来る「当たり前」を使ってフォローしあって生きてる。

そんなことを信じられる気分になって。
そしたら怖くなくなりました。

あの日、ほぼ初対面の近所の人も子供たちもおまわりさんも
みんなすごくあたたかかった。
友人は自分のペットボトルを渡して飲ませてあげていた。
迷惑そうな顔一つせず、親切で、当たり前のこととして動いてた。

ニュースには載らないだけで、やっぱりそんな人が世間には多いと思う。
私はそうありたいし、そういう世界にしたい。
私が世界の人の心を刷新する、とかいう大それた意味じゃなくて、
ただ自分が「そういう世界だと感じる心」でありたい。

だって、そういう心構えじゃないと、そういう人たちに失礼だから。
そういう心でいたら、そういう人達にいつ出会っても
「当たり前」を共有できるから。

思えば電車内で、街角で、
そういう人達にたくさん出会ってきたなあ。

あのとき、車を止めるといった時に
友人に「ほっときなよ」って言われなかったこと。
「当たり前」だけど、本当にうれしかったです。
瞬発力はあるわりに、ささいなことで私はすぐストップする。

そのあと友人と神社に行ってご祈祷を受けて、
お昼にギョーザを山ほど食べて帰って爆昼寝しました。
後で話してわかったことですが、ご祈祷の間、
二人ともついおじいさんの幸せを祈っちゃっていた。
笑いました。

「情けは人の為ならず」。

誰かの助けになることをすると、巡り巡って
自分のところへ良いことが返ってくるから、
他人を助けることは自分のためにもなるのだ、と昔の人は言いましたが、
この日の私には、
巡り巡らず一瞬で帰ってきたように思われました。



「1円イコール1万円」説

shinoです。

ちょっと前に発見した持論を展開していいですか?

「1円イコール1万円説」です。

当時、お金というものがどうしてかいつも財布から消える私は、
お金についていろんな人のブログを読んだり
本を立ち読みしたりしておりました。

お金についていろんな見方があるんだなー!
とか、
お金持ちのお金の使い方ってすげえな!
とか、
目から鱗が落ちるような、楽しいお勉強です。

また、リアルの友人たちの価値あるお買い物術を見させてもらって
心底ふるえたり。
(金額にではなく、そのかっこよさにです)

そうしていくと、だんだんお金を大切にしよう、
大切にするって、大切に使うってことだな
感じるようになりました。
こころをこめて、いいと思ったもの、価値あると感じたものに使う。

そしてちょっとお高めの物であっても、買えるようになってきたころ。

ふと気づきました。

今私が手にしているこの1万円。
これで仮に、1円の買い物をしたら、残りは9999円。
昔の私なら、「やった!いっぱい残ってる!チロルチョコ買お!!」と
とりあえずチョコをわしづかみにしてレジに走り、
ひとときの富豪感覚を味わっておりましたが、
今の私はそうではない。
チロルチョコは食べたいときに食べるのが一番おいしいし
第一もうそんなに食べられない。

今の私にとって大切なのは、1万円のものと交換できる券が、
たった1円欠けただけで、そうではなくなってしまうという事実です。

1万円のインポート下着を片手に恐る恐る9999円を出したとて、
ランジェリー売り場のお姉さんは首を縦に振ってはくれない。
チロルチョコを添えても振ってくれない。

絶対に、振ってくれないんだッ…!!

そんなことを妄想してみたら、1円てすごいいい奴じゃないですか。
もう、すっごい重要。
1円を失うことで、1万円は1万円でなくなる。
1万円を左右する存在、それが1円!
1円の価値プライスレス!

そしたら1円も5円も10円も1万円も、
今まで以上に気持ちよく大切に、
価値あるものと交換しようと思えるようになりました。

あとこれは後日談ですが。
1円は増えることもあります。

酔ってゴキゲンで帰って来た夫が
「かわいいね~1円あげようね~」と言ってきたので
「ぃやったああああああ!!!」
と手を天高くあげ、しゃがみ込みからの垂直ジャンプをしたら、
「ふ、不憫…!」とさらに500円足してくれました。

1円を愛する心の勝利です。

プロフィール

Author:erisino57
shinoです。農業しながらアクセサリーを作っています。不定期ですがフルオーダーメイドも。

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